「社会の大人」と「子どもの教育」

2016年が始まりました。いまの教育改革と一緒に、教育関係者に関わらず「社会の大人」ができること、教育改革に対して果たす役割が、あると思っています。

昨年は、私にとっては、以前から気になっている、思春期というテーマや、性教育、コミュニケーション、チームワーク、多様性の実現などのことにも、改めて向かい合い、考え直し始めた年でした。

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私たち大人が子ども時代にあまり受けていなくて、手探りで身につけてきたり、満足なスキルを持たないまま社会人として暮らしている「何か」の教育。それを、これからの子どもたちには授ける必要があると感じていて、だとしたら、大人側も改めて整理したり学び直したりしないと、と感じています。

この、“教育を模索しながら大人側も同時に模索して学ぶ姿勢”も、昨年、私の仕事として、お伝えしてきたことでした。教育関係者も、保護者も、そのほかの一般の人たちも、その姿勢で、と思っています。ただ、ギスギスしていると疲れてしまうので、自分たちが幸せになる形でというのも、言い続けたいです。

社会と教育

社会全体で人の「現役時代」が長くなってきているので、そうやすやすと旧世代然とした顔でいられもしなくて、新しい世代の足をひっぱらないようにとは、自分の年齢が進むにつれても思っています。

それに、急激に言葉がひろまった「アクティブラーニング」などの新しい手法の授業も展開される今、まさに社会をあげてのアクティブラーーニング・・というか、アクティブ・プロジェクトとして、その姿勢や動きを私たち大人がみな保ち続ける方がバランスも効率も良いのではないでしょうか。そういう意味で、社会全体の意識を喚起したいと思い、記事やセミナー、面談などで、骨太に夢を叶えていく動きがみなでできる形のお話をしてきたつもりです。

「アクティブ・ラーニング」という共通言語

「アクティブ・ラーニング」という共通言語が、今日本の教育界にできたことを、大変な進歩だと感じています。

しかし、まだ萌芽です。アクティブ・ラーニングは、特に、目的がわからないと混迷しやすい気がするので、注意が必要だと感じ続けています。

自分も、小学生の塾でディスカッションなどを使った、アクティブ・ラーニング型の授業をしてきて感じていることがあります。その感覚も逃さないように意識しながら、学校をはじめとする教育現場での動き、先生方や行政の方々のお話をしっかり捉えて、自分の現場からできることを、教育の潮流の一部になる形でさせていければと思っています。

大人社会のスキル・メソッドを子ども教育に

話を戻しますが、今は、社会人が実地で築いてきたものを活かす形で、新しい教育が見えてくる部分があると思います。

いま、教育界に産業界の視点が加わっている様子も、私なりに目の当たりにし続けています。その動きはもう随分前からあり、私自身も、いわゆる能力開発やビジネススキルの活性化などに使われるメソッドを、子ども達用に作りあげて提供する塾で、授業をしてきました。

今は特にIT産業が、教育現場の道具としてだけでなく、授業内容に参入して融合が進み、単にICT機器の導入のような話を超えてコンテンツとしてもノウハウが活用される形で表面に出始めたことを感じます。

ただ、産業界の視点だけでは、子どもの発達段階や教育の本質的なゴールなどの目線が抜け落ちているのも事実です。

来たるべき社会に向けて、教育を、新しいタイプの企業戦士を育てるもののように考えないこと、子どもを幸せに育てるためのきちんと教育をすることなど、忘れてはいけないし、その力を教育現場ももたなければいけないと思います。

いわゆる女性的な要素が・・・

少し危惧していることもあって、それは言語化が難しいのですが、今の教育改革の気配が、私には、たとえば、いわゆる旧来の「男性社会」、「男性視点」寄りのように、感じられ始めていることです。気のせいかもしれないけれど・・・。

そこでは、自分がずっと幼児や小学生に関わりながら見てきたこと、母として感じてきたことの何かのことを考えます。これまで女性が担ってきたような視点からの「何か」が置き去りにされている気配が気になっているので、今年は、その部分も動きや思索進むといいなと考えていて、それが冒頭の、新しい性教育から見えてくる視点への興味などとつながっています。

自分の感覚とむきあうこと、それから、学びや支えを下さるみなさまとのつながりの中で、ひとりひとりの命が生かされることを考えて一年がすぎました。自立しないといけないけれど、ひとりで進められることはひとつもないことを改めて感じたのも昨年です。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 


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