【書きました】2.年月 というもの〜 noteマガジン 〜

この春、特別支援学校の高等部に、息子が入学しました。

noteに、その息子との暮らしのことを書いています。というか、1年以上ぶりに続きを書きました。「年月」が、テーマになりました。

私は、本当によく泣きながら原稿を書いていますが、このharezora noteには、特に、息子のことをうまく咀嚼できない私のそのままを書こうと思っています。

この「マガジン」のタイトルを、『harezora note その幾重もの雲のむこうに』とつけています。

幾重の雲のおくの晴れた空というのが、私が抱いているこの息子のイメージです。彼には、発達の遅れや知的障がいがあるのですが、このイメージをもったとき、まだ障がいは発覚していませんでした。

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お腹にいるときに、息子のことを、私は、哲学的な子だと思いました。思考を重ねて重ねて、深く深く、真理を求めていく人なのだろうと感じました。

雲ひとつない青空も気持ちがいいですが、重なる雲の織りなす光と影の美しさも、私は好きです。そして、その向こうに晴れ間が見えるときの空が本当に素敵で、この世界の何かを表されているようにも思います。

障がいが発覚してきた頃、なかなか細かい情報がクリアに処理できないこの子の思考に、私は、愕然としました。重なる雲は、この子のぼんやりとした意識への予感だったのか・・・と。

でも、不思議なのは、細やかな理解や思考ができなくても、大極を深く確かに捉える目をこの子がもっていることでした。なので、やはり、この子のイメージである雲は、思考を鈍らせる障がいのことではなくて、真理に続く道の世界の美しさの象徴に違いないと、思います。

・・・妙な感覚的なことを書いてしまいました。こんなイメージで息子を捉えている私が、実社会で彼の「障がい」に出会っていく、そのことを書いたnote、読んでいただけたら嬉しいです。

 


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